日々是〆〆吟味

自分で考えていくための参考となるお話や本の紹介を目指しています。一番悩んだのは10歳過ぎだったので、可能な限りお子さんでもわかるように優しく書いていきたいですね。

創文社廃業の私的衝撃 〜『経済と社会』や『神学大全』に『ハイデッガー全集』はどうなってしまうのだろうか…(講談社が多くを引き受けるらしい)

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老舗出版の「創文社」、書籍販売を終了へ 20年めどに解散、惜しむ声続々: J-CAST ニュース【全文表示】

 

創文社の廃棄

こうしてブログをはじめるまではネットがあるにも関わらず、自分に必要なものを探す程度にしか情報と接してきませんでしたが、一度ブログをやってみればあちこちで知らぬ情報を目にすることが増えます。それまではのんべんだらりんと呑気に間抜けのまま過ごしていましたが、そんな気の抜けた精神に目を覚まさせるような衝撃のニュースを読んでしまいました。

 

な、な、なんと、創文社が廃業する…!?

 

あまりの衝撃に今回は創文社についてお話してみたいと思います。

 

学術出版と大学

見ると創文社が廃業することを決めたのは2年も前のことのようでした。今まで気づきもしなかった私が遅れているだけです。もともと学術出版なんて成り立ちにくい事業です。それでも必要不可欠な仕事であり、今まで成り立っていたのは大学図書館等専門書を所蔵する機関があったからかもしれません。娯楽作品のように個人で大量に売れるわけではありませんから、単価を上げて各研究機関に引き受けてもらうわけですね。

 

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もちろん個人でも購入することはあるでしょうが、残念ながらそうした本は専門書で売れませんのですぐ品切れ絶版状態となります。自然古書で購入することが増えますが、これもまた中々手に入らない本は高騰したりもします(私も調べてあんまり高くてびっくりしたことが何度もあります)。

 

それでも平凡社で非常に硬派なエラノス叢書や中世思想原典集成を出した名編集者は、5000人こうした本を読む、本当に学びたいという購読者がいればなんとかなる、と言ったらしいのですが(以前ネットで読んだ覚えがあるのですが、どこかわからなくなってしまいました。申し訳ない)、残念ながら創文社は続けられなくなったようです。

 

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その理由として挙げられているのが大学における助成金の減額で、大学図書館における図書購入費も削減されたのが堪えたからのようです。基本的に研究機関に購入してもらうことを期待しての学術出版では、直接的にダメージが大きかったということでしょう。特に政府は人文学部も廃止しようとしてニュースにもなりましたので、周辺の学術出版社が廃業に至ったのは日本の人文科学の行く末を見るようで不安になり、悲しくもなります。

 

(最近こんな話題を目にしました。

「アニメサントラは今、採算が取れずCDが出にくい状態。もっとお買い求め下さい」〜作曲家が提言、さまざまな議論 - Togetter

アニメみたいな現在花形文化であってもレンタルショップとの関係で成り立っていたのだとすれば、学術出版なんて比較にならないほど厳しいような気もします。しかしアニメでも専門書と図書館のようにレンタルショップとの関係で成立してるんですね。どこも一緒なのかもしれません…)

 

創文社の偉業

そして創文社は今まで出してきた本の中で特筆すべき、というか絶句するようなものも数々あるのでした。私もいつか買いたいと思っていたものもたくさんあるのですが、それらも手に入らなくなる可能性があるわけです。

 

ウェーバー『経済と社会』

社会学の大家にマックス・ウェーバーがいますが、ウェーバーが亡くなってから編纂された本が2つあるそうです。それが『宗教社会学論集』と『経済と社会』というものです。前著は有名な『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を含んだ、資本主義の成立要件を宗教的倫理に探り各社会を比較しようとしたとんでもないものです。あまりに凄すぎてやりきる前にウェーバーは亡くなってしまいましたが、残された研究はこうしてまとめられました。そして日本では出版社がばらばらながら全部分が翻訳されています。

 

そうした『宗教社会学論集』に匹敵するのが『経済と社会』です。こちらは社会に起こりえる現象(権力、法、宗教など)を様々な地域のあらゆる時代の資料を重ねて人類がどのような型の社会現象を形成してきたか、というものを研究したものです。創文社はこれを全訳しようと試みたのでした。

 

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しかしあまりに大きな目的だったのですべてを訳すことは出来ませんでした。なんといっても文量が大変多く、分冊して10冊を平気で越えます。しかし創文社はその多くを翻訳しました。足りない分は他の出版社が出したものもあり、ほぼ9割くらいは読めるようになっています。ですがその大半は創文社によるものであり、もし創文社が全訳の意図を持っていなかったら『経済と社会』の全貌を私のような一般読者が知ることは出来なかったでしょう(出来たからってわかるわけじゃないのが悲しいところだけどさ)。

 

トマス・アクィナス『神学大全』

しかし創文社の翻訳事業における偉業はウェーバーで終わる話ではありません。なんと、トマス・アクィナスという中世最大の神学者の主著『神学大全』の翻訳まではじめてしまったのです。

 

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これはウェーバーなんて目ではありません。というか、ほとんど同じ時期に行われた翻訳事業のようです。なんでも『神学大全』最初の巻が出たのが1960年。『経済と社会』の最初の巻『支配の社会学 1』が出たのも1960年。しかしウェーバーは挫折してしまいましたが、トマス・アクィナスは続けられました。ウェーバーが十数冊だとすれば、トマス・アクィナスは全39冊です。とんでもない冊数です。

 

冊数だけではありません。その期間も凄まじい。1960年から刊行された『神学大全』は、最終巻が出た頃には2012年になっていたのです。半世紀にわたる翻訳であり、つい最近まで続けられていた仕事なのです。むしろ翻訳が終わる日が来ることの方が驚くような長さだったのかもしれません。

 

『ハイデッガー全集』

ですが、創文社はまだ終わらないのです。なんとまた20世紀最大の哲学者といわれるハイデガーの全集を刊行しだしたのです。しかも全102巻! 最初の巻が出たのが1985年、今出てるのが48冊というので、終わるのがいつになるのかわかりません。トマス・アクィナスのように完結するのか、ウェーバーのように挫折してしまうのか、まったく不明です。しかし『ハイデッガー全集』は刊行中のまま出版社の方が先になくなってしまうのです。刊行が続けられるかもわからなくなってしまいました。

 

なんだかこんなすごい出版をしているのを振り返りますと、以前書いた大漢和のことを思い出してしまいます。

 

『大漢和辞典』の偉業 〜なんちゅう話だ - 日々是〆〆吟味

 

大手出版社と学術出版と漫画

創文社から出ていた本のうち、講談社や角川書店が引き受けるものもあるようです。そういえばカッシーラーとかマルク・ブロックとかピレンヌとか急に講談社学術文庫に入りだして、おかしいな、とは思っていました。というのも学術出版されているものは普通よその出版社で文庫化されることはないと聞いたことがあったからです(そこそこあるよ、とご指摘いただきましたので一応下に私が読んだ本を載せておきます)。その背景にはこのような事情があったわけです。

 

 

しかしこうした学術出版だけを手がけるわけではない出版社に頼るのも、これから先大丈夫かはわかりません。

 

講談社は大手出版社の中ではかなり学術出版に強い出版社かと思います。というのも講談社学術文庫や講談社文芸文庫といった文庫に、講談社選書メチエのような新しく出せるものもあります。しかし学術出版が儲からないのは大手だろうが中小零細だろうが同じこと。ではなぜ講談社はこうした真似が出来ているのかといえば、マガジンを代表とする漫画の売上によって補填しているからだそうです。

 

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漫画が高級文化を破壊しているかはともかく(昔はそんなこと言われたんですよ)、少なくとも経済的に下支えしていたことは間違いないようです。ならこれからも漫画の売上によって学術や文学を支えていけばいい、となると、そうはいきません。まだ記憶に新しい漫画村の問題があるように、最早漫画はただ読みされるものへと変化しつつある可能性もあるのです。

 

そうなると漫画が壊滅するだけではありません。その前に漫画の売上に依存している(そしておそらくは決して経済的に自立出来ない)学術/文芸出版が先に倒れます。中には漫画村を評価し、文化の提供者という意見があるのをネットで見たこともありますが、少なくとも漫画村のような存在は漫画を広める役割だけではなく、共倒れする学術/文芸文化の息の根を止める役割を果たすことにもなると思われます。

 

角川書店も初代の時代ならともかく、今ならどうかはわかりません。初期は岩波、新潮に次ぐ学術文庫の出版社でしたが、代替わりを行うことによってかなり変貌していったようです(そのことについて書いてある本は下に載せておきますね)。

 

 

 

こうした嘆きをつらつらと書いてしまいましたが、だからといってなにが変わるわけでもありません。しかしこのような大きな訳業を何度も行ってきた老舗の学術出版社が廃業しなければならないなんて、信じられない思いです。これが紙から電子への本の移り変わりなのか、日本の教養の移り変わりの結果なのか、私にはわかりません。しかしあまりに大きな喪失であるとともに、これからの日本の文化・教養への予兆のようにも感じられてしまうのは、私が嘆くあまりに悲観的な予感をもってしまっているだけであることを祈るばかりです。

 

気になったら読んで欲しい本(というかほぼ創文社の本)

ウェーバー『経済と社会』 

これがウェーバーの翻訳。まだ他にもあるっていうのも大変ですね。これらがすべてあわさってひとつの本なんですから。

トマス・アクィナス『神学大全』  
神學大全〈45〉第3部―第84問題‐第90問題

神學大全〈45〉第3部―第84問題‐第90問題

 

トマス・アクィナスの本。あんまり長いんで最初と最後の巻だけにしました。45巻の出版が2007年になっていますが、まだ他に出てない巻が残されていたからです。そして最後に出たのが2012年。発売日を比べてみただけでも驚きますね。

『ハイデッガー全集』 

ハイデガーも多すぎるんで、一番有名な主著の『存在と時間』だけのせておきます。全集版はタイトルが違うんですね。

 

大塚英志『日本がバカだから戦争に負けた』 

なんかすごいタイトルの本ですが、中身は角川書店史です。じゃあなんでこんなタイトルなのか、といえば、角川文庫の最後にある刊行の言葉を翻案したものだからだそうです。うろ覚えですが、たしか、今回の戦争の敗北は若い文化力の敗北であった、というようなもので、だからこそ戦後は文化を持って立て直す、という理念で角川文庫(及び角川書店)を作ったのが、初代から二代目、三代目となるにつれて教養路線から大衆路線に変わり今のようになる変遷を批判的に描いている本です。

著者の大塚英志は批評家ですが、漫画原作者であり編集者でもあるので出版界について多面的に理解出来る人かと思います。出版史を書くには適しているかもしれませんね。また講談社の漫画と学術出版についての関係性も、どこかでこの人の文章を読んで知りました。

小谷野敦『バカのための読書術』 

この本の中に手に入らない本として、あることはあるけど値段が高い、という場合をあげ、重要な外国の本の翻訳などを多く出している出版社(青土社、みすず書房、法政大学出版局など)があり、こういうところが出しているものを文庫化するのは出版社の仁義に反するようなのだ、と書いてありました。

私はこの一節が頭に残っていて、創文社も同じようなものだと理解したわけです。しかし立て続けに講談社学術文庫にそのまま入るのは、やはりそれ相応の事情があったというわけですね(ドゥルーズの『カントの批判哲学』は法政大学出版局とちくま学芸文庫に入っていますが訳者が違いますからね。創文社から講談社学術文庫に入ったのはそのままの訳者のものでした)。

 

追記

先日ヤフーニュースでもこの話題が触れられていたのですが、もととなる記事はもう見れない様子です。私の記憶ではそこに書かれていたのは、創文社の廃業と共に絶版になるはずのいくつもの古典のうち、特に講談社が講談社学術文庫を通して数多く受け入れるという話でした。名著翻訳叢書に入っているものも文庫化されているようで、もしかしたらウェーバーの『儒教と道教』なども入り、ゆくゆくは『経済と社会』も入るかもしれません(身勝手な期待)。少なくともピレンヌの『中世都市』や『ヨーロッパ世界の誕生』は歴史学叢書、名著翻訳叢書両方からの文庫化になります。これから増えていくのかもしれません。

また他の創文社の著作においても講談社がオンデマンド出版をしていくそうですし、かの『ハイデッガー全集』も東京大学出版会が引き受けて続巻をだされるそうです。トマス・アクィナスの『神学大全』はさすがに内容・量ともに一般書店に並び続けるのは難しいかもしれませんが、できれば手に入るような状況が続いてほしいですね。難しいんだろうなぁ…

 

創文社の全書籍が絶版免れる 講談社がオンデマンド形式で出版へ:東京新聞 TOKYO Web

(こんな記事もありました)

 

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