日々是〆〆吟味

自分で考えていくための参考となるお話や本の紹介を目指しています。一番悩んだのは10歳過ぎだったので、可能な限りお子さんでもわかるように優しく書いていきたいですね。

歴史的変遷による社会・政治・経済システムの変化と人類の移動による近代化 〜土地から生産へと経済の在り方が変わり、共同体から社会へと社会の在り方変わった

 

前回のお話

https://www.waka-rukana.com/entry/2019/12/18/190039

 

近代化と人の大移動 〜土地から生産へと変わり、共同体から社会に変わった

権力の腐敗について書いていたのですが、途中空気を読むことについて書いていたので(それはもう投稿した)、続けてなにを書くつもりだったのか忘れてしまいました。そこで保守とか左翼とか書いてて、社会の変化によって現れてきたんだよ、といったようなことを書いたような気がしますので、同じように近代化と共に現れてきた変化について書いてみたいと思います。

 

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歴史の推移と思想の誕生

保守がフランス革命によって現れて、左翼が産業革命によって生まれたのだとすれば歴史的な変化によって生まれたといえますね。その時々の変化より要請されるような形で思想が必要とされたといえるでしょうか。しかしそのそもそもは歴史的な推移による社会の変化によるものなわけですね。

 

保守がフラン革命によって封建領主の支配する世界が崩れたことによって起こり、左翼が資本主義の成立によって共同体や職人世界が崩壊したことによって起こったとすれば、両方とも旧世界の社会秩序が崩壊したから生まれたことになります(あ、ここでも両者の共通する点がありましたね。しかもこの場合共に過去と現在に対して自分の立場を築いているという点では同じですね)。

 

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こうした旧世界の崩壊により新世界が相貌を現してくるわけですが、それがどんなもんになるのかわかりません。今でもネット社会はどうなるのか不透明ですし(特に権力との関係はどうなるのでしょう)、ましてやAIやロボットが当たり前になる次の世界がどうなるかは想像の範疇を越えません。しかしそうした新世界が目の前に来つつあるということを意識して、人間(もしくは理性)は色々と考えざるを得なくなってしまいます。

 

それと同じように昔も色々と考えられて、そこから今日まで続くような考え方ができて、それに沿って生きているような世界が近代だといえるかもしれませんね。

 

人々の移動という大変化

そしてこうした社会の変化に人の移動もありました。

 

旧世界であれば土地が経済の中心でしたから大半の人は土地に縛られて生きていました。それが生産が経済の中心となって工場労働が大半になりました。そのため人々は工場(のちに企業)に縛られるようになりました。そうしたところで働く方が比較的に(そして多分それ以前に比べて圧倒的に)収入がよくなるからです。

 

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封建領主の時代は土地に縛られていたので生まれ故郷の村=共同体から一歩も出ることなく生涯を終えることも珍しくなかったそうです。しかし生産中心になりますと、工場に国中から人が集められなければなりません。今まで共同体の中で生きてきた人々は、いきなり共同体の外の世界へと引きずり出されることになりました。そしてそれまでは共同体のルールに従っていたものが、お互いに余所者同士にしかならないような関係性で集められ暮らさなくてはいけなくなりました。

 

こうして私たちの生きている世界は共同体から社会へと変わった、ということになるようです。

 

次回のお話

https://www.waka-rukana.com/entry/2019/12/20/190034

 

気になったら読んで欲しい本

 

新睦人他『社会学のあゆみ』(1,2,新) 

社会学って結構新しい学問なんですが、それは社会というものがこうした人間の移動によって共同体ではない人々の現れ方をすることによって要求されてきた学問だからだ、というようなことをどこかで読んだ覚えがあります。と同時に社会学は近代社会学にしかならない、ともどこかで書いてありました。その理由は上に述べたような経緯が正しいのだとすればなんとなくわかるような気がしますね。

とりあえず社会学のいい入門書ということでこれらの本を載せておきたいと思います。ただ私は読んでいません。とほほ。

 

次回の内容

https://www.waka-rukana.com/entry/2019/12/20/190034

前回の内容

https://www.waka-rukana.com/entry/2019/12/18/190039

 

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お話その149(No.0149)

【まとめ】大衆と庶民の似ているところと違うところ、もしくはその変化 ~メディアによって変質する?【43】

 

現在時間がなくリンク切れのままとなっております。申し訳ありません。

 

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まとめ43 大衆と庶民の似ているところと違うところ、もしくはその変化 ~メディアによって変質する?

このまとめの要旨

大衆と庶民というのは同じような存在に思えるのですが、実は似て非なる存在であって、その違いについて書いたものについてのまとめ。

 

書いたものの一覧

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www.waka-rukana.com

大衆と庶民って同じように思えますが実は違っていて、共同体的な存在として庶民があり、密接な共同体との価値観から引き剥がされたような存在が大衆なのではないでしょうか、ーというようなお話。

 

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オルテガは大衆に対置する者としてエリート/貴族というものを想定しましたが(もちろん社会的地位に関わるものとしてではなく、人間の在り方として、つまり自らに多くを課して欲望ではなく義務に従う者)、そうしたエリート/貴族としての態度を示していたのは、案外庶民という存在ではなかったのでしょうか、ーというようなお話。

 

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そんな庶民がマスメディアと接することによってどのように大衆とかわっていったのか、ーというようなお話。

 

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イェリネク(独 1851-1911) 本【著作(翻訳)ブックリスト一覧/リンク(Amazon)】

ゲオルグ・イェリネック(Jellinek, Georg)

 

 

イェリネク著作リンク一覧

 

人権宣言論(美濃部達吉 訳. 有斐閣, 明39 → 社会科学叢書 第24編 日本評論社, 昭和4 → 法学叢書 第16 19461948 → Kindle版 / 渡辺信英訳 , 青山武憲訳 南窓社 1978 )

公権論(木村鋭一, 立花俊吉 訳, 美濃部達吉 閲. 中央大学, 明39  → 日本立法資料全集 別巻 685 復刻版 )

一般国家学(第1巻大西邦敏, 水垣進 訳. 敬文堂書店, 昭和7 →第3版 芦部信喜[等]訳 学陽書房, 19741976)

法の社会倫理的意義(大森英太郎 訳. 大畑書店, 昭和9 → 法・不法及刑罰の社会倫理的意義 岩波文庫 岩波書店, 昭和11)

少数者の権利 : 転機に立つ憲法政治と憲法学(森英樹, 篠原巌 訳. 日本評論社, 1989)

人権宣言論争 : イェリネック対ブトミー(イェリネック, ブトミー [著], 初宿正典 編訳. みすず書房, 19811995 → オンデマンド版 2010)

 

注:『人権論宣言』南窓社版はAmazonだけ出てきた。

 

イェリネック著作一覧

 

人権宣言論
公権論
一般国家学
法の社会倫理的意義
少数者の権利

人権宣言論争 : イェリネック対ブトミー

 

Wikipedia

ja.wikipedia.org

『無限のリヴァイアス』における指導者/リーダー( 尾瀬イクミ)の影で周囲を操ろうとする参謀/コバンザメ権力者(シュタイン・ヘイガー) 〜自分の代わりとなる権力者の陰に隠れて権力をふるう小物=虎の威を借る狐【『無限のリヴァイアス』ネタバレ考察】

 

前回のお話

https://www.waka-rukana.com/entry/2019/12/17/190059

 

『無限のリヴァイアス』における末端的権力使用者の例

ところで末端の人の方が権力をふるってしまうという例があるアニメの中にあります。『無限のリヴァイアス』という作品です。もう随分古い作品ですからご存知の方も少ないかもしれませんね(以下ネタバレありの紹介説明)。

 

事件の発端と推移

この作品は宇宙での航海士(?)となるため訓練船に乗っていた学生たちが、事故で取り残されてしまうお話です。大人たちはその事故でみな亡くなってしまい、学生だけで集団をまとめなければなりません。それどころか学生たちが乗っている船はテロリストと判断され、救助はおろか攻撃されてしまう始末です。

 

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こうした中で学生たちの自治が行われていくのですが、最初は優秀な成績をおさめるエリートグループによって統治されていきます。しかしそもそも起こるべきでなかった事故の中でテロリストとしてまで追われるので、うまくやれるわけはありません。船内では不満がたまり指揮権を持つエリートグループに反感がもたれてしまいます。とうとう噴出した不満はエリートグループを引きずり下ろし、実行した不良グループが代わりに指揮権を握ります。

 

ですが不良グループも適切な判断をすることは出来ません。最初はおびえていた他の学生たちも、また不満が噴出していきます。そしてエリートグループとは違い他の人たちを配慮にいれない不良グループたちの統治は、あちこちで問題が現れてきます。そうした中主人公の友人の恋人が暴力事件に巻き込まれてしまい、友人は怒って自分たちでグループを作り暴力革命によって指揮権を握ります。

 

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この作品はロボットものでもあり、主人公の友人たちはロボットを動かせるパイロット候補なのでした。そしてロボットの力を借りて言うことを聞かなければ船内の学生であっても攻撃する、と脅しデモンストレーションとして一撃を加えるのです。そしてこの実行力ある恫喝に恐れ、みなは言うことを聞くようになります。

 

しかし当然こうした統治は暴力による恐怖統治です。他の人々の間では今までとおなじように不満がたまり、鬱憤は広がっていきます。それをロボットによる船内攻撃という形で暴力をちらつかせることによって抑えているわけです。

 

代表者と参謀の権力

ただこうした統治形態を選んだ主人公の友人はやむにやまれぬ対策として、かなり苦慮したうえでの行動でした。いわば善意による悪行を自覚的に行ったようなものかもしれません。しかしこの友人を唆した人もいます。それは元々エリートグループにいた参謀役のような人で、いわば自分は表に出ないけど裏で代表となる人物を操ることによって喜びを見出すタイプの人でした。

 

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そして主人公の友人が歯を食いしばりながらも恐怖政治を敷いていると、その参謀役が裏で好き勝手しているのでした。権力の矢面には主人公の友人を立たせ、目に見えないところでリーダーの威光を借りて自らがリーダーそのものであるかのように権力をふるうのです。参謀役は自分にはそこまでの力がないことは自覚しているのですが、権力者として振る舞うことは諦めきれていないのです。そしてリーダーの影に隠れながら、指揮権を持たぬ人々へと権力をふるうのでした。

 

小さな閉鎖的な関係性の中で、これだけうまく権力やその腐敗の仕方を描いたアニメは珍しいと思います。

 

次回のお話

https://www.waka-rukana.com/entry/2019/12/19/190044

 

気になったら触れて欲しい作品/本

『無限のリヴァイアス』
第1話 きたるべきとき

第1話 きたるべきとき

 

 

『無限のリヴァイアス』のアニメ。20年前の作品になるそうです。こうした系譜の作品はあまり受け継がれなかったのかもしれませんね。

 

ヴェルヌ『十五少年漂流記』 
ゴールディン『蝿の王』 

なんでもモチーフとした作品はこの2つだそうです。政治劇としての側面は『蝿の王』かもしれませんね。比べて読んでみると面白いかもしれません。

有賀弘,阿部斉,斎藤真『政治』 

政治についての入門書。この中に矢面に立たず常にNO.2として居続けて権力をふるう人物の話も出てきます。まったく一緒ではないかもしれませんが、参謀役のキャラクターと重なるところはあるかもしれません。

 

次回の内容

https://www.waka-rukana.com/entry/2019/12/19/190044

前回の内容

https://www.waka-rukana.com/entry/2019/12/17/190059

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お話その148(No.0148)

権力の腐敗と権力者に媚びる小物の権力行使 ~出世の階段として権力者に近づき、虎の威を借る狐として権力の濫用をすることによって権力は腐敗する

 

前回のお話

https://www.waka-rukana.com/entry/2019/12/16/190001

 

権力への所属と末端的腐敗の原因 〜権力者にぶら下がる小物、という権力腐敗の構図

自己拡張としての所属

たいして知らないにもかかわらず、思想的グループに参加している(かのように見せる)ことによって、その人の発言はその人個人の発言よりも大きくなります。極端にいえば有名人の名前を出して相手を威嚇するようなものですね。俺はジャニーズの誰それと知り合いなんだぞ、といって女の子ナンパするようなタチの悪い男みたいなもんでしょうか。

 

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しかしこれが末端の無名の個人であればかまわないかもしれません。迷惑するのは直接相手される個々人だけです。嫌な奴だ、と思われて離れていけば孤立してしまいます。すると自慢する相手もいなくなりますから、自然消滅するかもしれません(今はもうネットのおかげで自然消滅しなくなってしまったのかもしれませんね)。

 

権力による自己拡張

ですがこれが本物の権力者に結びついてしまえばどうなるでしょうか。この人は阿諛追従の中身のない人だとします。まぁ保守でも左翼でもかまいません。バークも福田恆存も知らず保守を名乗り政権与党にいたり、マルクスも読まず革新政党に入るようなものですね。本来ならこんな人は政治の現場に入れちゃいけないような気がします。少なくとも私はそう思います(あぁ、でも経済とか行政の専門家は別ですよ。そんな専門性もなく、ただ活気のいいことだけ叫んでる人です)。けれども政治家は選挙で選ばれますから、有権者の心象をつかんでしまえば政治家になってしまいます。とはいえ今の政治状況では政党に所属しなせればまともに政治活動をするのは難しいかもしれません。ならせめて所属政党で教育して立派な政治家に育ててもらわなくっちゃいけませんね。専門性でないならば、せめてバークなりマルクスなりを知ってて欲しい気がします。

 

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とはいえ最近は政治家になるにもいきなり自分の政党を持つような人も増えてきました。この場合ですとそもそも自分の思想的基盤がなんなのかも教えてくれる人すらいないかも知れませんね。どうやって自分の周りにいる人を本物か偽物か区別してるんだろうな。

 

それはともかく、政党もそんなことめんどくさいのでやってくれないかもしれません。とにかく自分たちの勢力が増えたり安定すればいい、末端議員はまた議員になるとは限りませんから、そんなふうに思っていてもおかしくありません。でも、そうなるとそんな人たちは政治家になったおかげで、自分の思想的立場も保障されたと思ってしまうかもしれませんね。元々の考えを知らないままに自分の考えこそが正統と思い込んでしまうかもしれません。そして実際に権力を行使できる立場に置かれていますので、その使用可能な範囲で誰かに命令したり圧力をかけてしまうことが出来る可能性が出てきます。

 

代理的権力の行使という名目の、自己利益のための権力行使 〜すなわち権力の腐敗

そしてそうした似非政治家をただの一票、一席として囲っているだけで放っておくと、末端の権力行使者(似非政治家)は我こそは自らの所属するグループの代表者だと自分でも思い込んで、その実自分の利益にしかならないものをお上のためだと偽り要求を呑ませることが起こってくるわけですね(なんだか書いてて籠池さんたちのモリカケ問題を思い出してしまいました)。

 

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これが権力の腐敗というもので、統治者本人がいくら明晰でもダメなのですね。そうではなく、その代行者として振る舞う末端の人たちが統治者の権力を僭称して使用してしまうことが、権力の腐敗になってしまう、ということになるのかもしれません。そのため権力の腐敗を防ぐためには内部規律が大切で、個人的な親しさで引きあげたり褒賞したりなんてしていたら、そりゃ権力はどんどん腐敗していくかと思います。そんなことを続けていればトップがいかに重要なことを為している途中であっても、そこかしこで土台を蝕んでいることになりますからいつの間にかシロアリに喰われたように社会の基礎が崩壊している可能性もあります。

 

権力の刷新

そうした場合にはその権力構造自体を刷新させなければならないのですが、泣いて馬謖を斬るような真似が出来ない統治者であれば、ならず者に支配されたことと変わらなくなっていくのかもしれませんね。なにせ具体的な場面で出てくるのは統治者自身ではなく、そこにぶら下がっている人たちになりますからね。そんなわけでそうした権力体制を交代させるために選挙はあるのですが、最近はマーケティングといいますか、広告的手法でイメージ戦略によって選挙の結果が決まってしまっているようなので、権力構造は固定化しぶら下がる人たちまでもが肥大してきているようでどうにもこうにも長いものにはぐるぐる巻きで寄らば大樹の陰といった価値観もまた肥大してきているのかもしれません。日本の奥ゆかしさと勤勉はどこへいったのでしょう。そんな人はみな、気を病んでしまっているのかもしれませんね。

https://www.waka-rukana.com/entry/2019/11/11/070051

https://www.waka-rukana.com/entry/2019/11/12/070010

 

次回のお話

https://www.waka-rukana.com/entry/2019/12/18/190039

 

気になったら読んで欲しい本

『三国志』(漫画,演義,正史) 

泣いて馬謖を斬る、という格言は三国志からだそうです。私は読んでおらずよく知りません。なんでも私たちの普通知っている三国志は三国志演義というもので、面白く創りなおされたお話だそうです。それに比べて三国志正史というものは司馬遷の史記のような歴史書なんだそうです。日本なら一番イメージしやすい横山光輝の三国志と並べてみました。横山光輝の三国志もなにか模範とした作品があることを山口昌男の本で読んだ覚えがありますが、忘れました。

 

マキャヴェリ『君主論』 

政治のリアリズムというとこの本ですが、権力を取るだけでなくダメにする連中を取り除く方法まで書かれていたかは覚えていません。意外と『君主論』は簡素な内容で、その教訓を引き出すために主にローマの歴史をつぶさに検証しています。

最近岩波文庫版を読んだのですが、ちょっと専門的な注か多すぎる気がしましたので中公文庫版にしてみました。たしかこちらはそこまで注は多くなく、マキャヴェリの言いたいことを素直に読みやすかったような気がします。ただ私が読んだのは随分前で、この新版ではないはずです。細かい注が欲しい人は岩波文庫がいいかと思います。

カウティリヤ『実利論』 

この本はウェーバーが、マキャヴェリなんてたわいもない、とまで言ったインドの政略論です。こちらは権力の腐敗、というか臣下への厳しい対処も内容に含まれていた気がします。ただマキャヴェリと違い行政すべての範囲にわたってどうすべきかということまで書いてある幅の広さで、ちょっと読んでいると圧倒されてしまいます。案外政治家とか行政に関わる人は読んでみるのも面白いかもしれません。非常に簡素に書かれていますが、たった2冊に必要な範囲がコンパクトにもすべておさめられているように見えますので、こうして自分の中にまとめられれば大変なものかもしれませんね。

ただ大昔のインドで書かれたものですから(紀元前後らしい)、具体的なこと(人や物、単位といった名前やそれがどんなものなのか)といったことはほとんど見当がつきません。なんとなく核となることだけ理解するしかないかもしれませんね。そして、なにより値段が高騰しています。Amazonでも高いですが、先日たまたま古本屋で見かけた時は、上下揃いで5千円でした。どうも2回しか刷られていないようです。ウェーバーが取り上げたんだし、もっと増刷してもよさそうなのにね。

有賀弘,阿部斉,斎藤真『政治』 

政治についての入門書。とても簡潔でわかりやすく面白い本です。政治について大体知るにはこの本がいいかもしれません。なにかのブックガイドで載せられていたことがあります。その判断は正しかったと思います。

私には評価する能力もないのですが、おそらく政治というもののいとなみをかなり広範囲で捉えて説明してくれているのではないでしょうか。解説には学説史や著名な政治学者の考えを紹介するのではなく、自分たちで政治というものを考えていけるような、そんな本にしたかった、と述べられていたかと思います。

権力の腐敗、といいますか、組織の中にいる人間が上下の関係の中で自己を規定し、あたかも自分が組織の中立的人格であるかのように自覚し振る舞ってしまう、しかしそれが実は自分の所属するセクションの利益を代表するためであったりする、ということが書かれていたかと思います。

 

次回の内容

https://www.waka-rukana.com/entry/2019/12/18/190039

前回の内容

https://www.waka-rukana.com/entry/2019/12/16/190001

 

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お話その147(No.0147)