日々是〆〆吟味

自分で考えていくための参考となるお話や本の紹介を目指しています。一番悩んだのは10歳過ぎだったので、可能な限りお子さんでもわかるように優しく書いていきたいですね。

命令や権力への恭順とは何を意味するか ~言葉と論理による説明の確認

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命令と説明と論理の確認 〜態度の二重化、でしょうか

命令に対して説明し直すことによって、相手の自覚を確認することが出来ました。これで命令から逃れることはできなくとも、少なくとも相手の責任につめよれる方法を一つ学んだことにはなります。

 

 

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では、どうしてこのような真似が出来るのでしょうか。また理由を考えてみましょうね。

 

命令と権力

命令に従わなければならないのは、確かに権力によってです。上ー下関係の中で上から告げられた内容に従わなければならないから命令となってしまいます。

 

【ウェーバー『権力と支配』】

 

命令と説明=言葉

しかし、今、内容と述べましたが、たとえ命令であったとしても、何も告げずに言うことを聞かせるわけにはいきません。無言で言うことを聞かせようとしても意思の疎通がないため、思った通りに動いてくれるとは限らないからです。そこを適切に動いてもらうためには、たとえ権力を握り下の者に言うことを聞かせられる立場であっても、その命令する内容を説明しなければならなくなります。

 

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この時、説明は言葉でなされるしかありません。そして言葉によって説明すれば、納得のいくように順序よく論理的に説明しなければなりません。ここでは命令を聞く側であっても、論理的に説明されているから間違わずに聞くことができるのです。あぁ、あれやっといて、ではなんのことだかわかりません。それは何度も同じ命令を繰り返したからこそ説明抜きに伝えることが出来るのです。

 

説明=手順

となると、まず最初の命令は論理的に手順を踏んで説明しなければなりませんね。

 

さて、だとすれば命令する方もされる方も同じ論理というものの中に入っていることになります。命令は権力関係ですみますが、従うためにその内容を説明ー理解するためには権力だけでは不可能になります。そうではなく必ず論理において一方から一方へと伝えられなければならず、お互いが同じ関係の中へと入ってしまわざるをえないのです。

 

そうなると、命令もただ一方的に与えられるだけのものになりません。命令される方も間違ってはいけませんから、命令内容を確かめなければなりません。そしてその時も論理的に確かめられます。その上で命令が論理的に破綻した矛盾したものであれば間違いなく従うことは困難になりますので、論理的に命令者へと確かめなおす真似をしなければなりません。

 

 

これは命令に反対しているわけではありません。命令をより理解し間違わないために行われるのです。しかし、態度としては命令から距離を置いていることにもなります。それなのに反抗していることにならないのは、相手の命令内容に従うために行なっているからです。

 

手順の確認=論理性の確認

つまり命令内容の確認は二重の態度を有していることになります。命令から距離を置くことと、命令に従うために論理的に確かめようとすることです。そして命令を論理的に確かめるということは、相手の発した命令が正しいのかどうかを確認する作業にもつながります。

 

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ここで一つ突破口が開かれました。命令の確認ということによって、恭順と検証という重複した態度を示せるのです。そして従っているフリをしながらも、相手の命令となる内容が本当に正しいのか間違っているのか、批判的にひっそりと刃を向けることが出来るようになるのです。

 

次の日の内容

命令と言葉と論理という共通する規則 〜権力による支配も言葉/論理という規則を必要とする - 日々是〆〆吟味

前の日の内容 

命令に対してとれる態度/対処と相手の発言の確認 ~命令の言語化と正しい理由 - 日々是〆〆吟味

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 お話その29(No.0029)