前回のお話
プラトンのイデア論とキリスト教の結びつきと根源的思考の神への影響 - 日々是〆〆吟味
プラトンとキリスト教の結びつきと新プラトン主義
キリスト教がプラトンの哲学と早くから結びついていたとしても、それはプラトン自身の哲学とは違ったりします。キリスト教と結びついたのは新プラトン主義と呼ばれるもので、プラトンからかなり後のものです。
哲学史におけるローマや中世の哲学
新プラトン主義とプラトン哲学がどう一緒で違うのかということは私にはよくわかりません。プラトンについてはよく説明されているものが多いのですが、新プラトン主義についてはそんなに多くないような気がします。これは新プラトン主義だけに関わらずローマ期の哲学全体に言えることかもしれません。中世の哲学もそうなのですが、私たちにとってまず触れるであろう西洋哲学というものは大体近代哲学が一般的で、その起源としてのギリシア哲学を紹介するところで大体終わってしまって間のローマや中世の時代の哲学というものはあまり振り返ってはもらえないのでした。
【アームストロング『古代哲学史』】
(私が読んだ中ではこの本が珍しくギリシア哲学からローマ哲学まで詳しく解説されていました。専門はプロティノスたそうで、そのあたりも文量多く説明されていました)
新プラトン主義とプロティノス
そんなローマ期の哲学のひとつである新プラトン主義ですが、その代表者とされるのがプロティノスという人です。日本でも全集が出ているのですが、冊数が少ないわりにとても高いです。世界の名著で他の新プラトン主義の人たちとまとめて出てるものがあるのですが、残念ながら私は読めていません。岩波文庫で一冊出ているものがあるのですが、それも手に入りにくいかもしれません(私はこれだけ読みました)。今調べてみたら講談社学術文庫で新しく出ているみたいです。
【プロティノス『世界の名著』『エネアデス』『善なるもの一なるもの』『美について』】
(ちょっとまとめてみました)
イデアと一者
さてプロティノス先生はプラトンがイデアといった物事の根源を一者として捉えたようです。そしてその一者について色々考えているのですが、これまた難しくて私にはわかりません。ただプラトンはイデアをイデアとしてだけ捉えたと思うのですが、プロティノスは一者を神というようにも捉えました。
このあたりでプラトンの考えたイデアというものが一者から神へと解釈されていくことによって、キリスト教の神とも結びつきやすくなってきたのかもしれませんね。つまりイデア=一者/神=神(キリスト教)というようになって、プラトン→プロティノス→キリスト教というような流れが現れてくるのかもしれません。
アリストテレスの形相と質料
一方アリストテレスはお師匠プラトンのイデアをあまり認めることをせず、アリストテレス流の哲学として形相と質料というものに考えなおしました。これはたとえば机というものがあるとしたら、机として思い浮かべられるものが形相であり、実際に作られている素材である木とか石を質料と捉えるわけです。しかし机なるものというものは机のイデアというようにも考えられますので、結局アリストテレスはプラトンのイデア説を改変して自説に取り入れているとも言われたりもします。
【アリストテレス『形而上学』】
(アリストテレスの説明はこの本になるのかな。著作が大量にあるので私はちんぷんかんぷんになっております)
このあたりがまたアリストテレスをキリスト教化していくポイントのひとつでもあったのかもしれませんね。
次回のお話
ローマにおけるキリスト教の関係と苦闘 ~社会から疎外された者の新しい存在としてのキリスト教 - 日々是〆〆吟味
お話その262(No.0262)