日々是〆〆吟味

自分で考えていくための参考となるお話や本の紹介を目指しています。一番悩んだのは10歳過ぎだったので、可能な限りお子さんでもわかるように優しく書いていきたいですね。

消費社会による社会全体のイメージ化とイメージ先行型の社会的判断の問題と危険性 ~イメージ上位の政治的決定に覆い隠される具体的諸問題

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前回の内容

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消費社会による社会全体のイメージ化と社会的判断 〜覆い隠される具体的諸問題

消費社会になれきってしまいますと、どうしても具体的なものよりイメージの方を上位にして認識してしまいます。それは資本主義の運動のもと物がだぶつかないために必要な方法ですが、残念ながら商品の購買意欲を掻き立てるだけで留まらず社会認識そのものにまで至ってしまいます。そのため社会全域においてイメージで判断してしまわなければならないように気をつけなければなりません。イメージで判断したり動いてしまっては、社会的ダメージがとても大きくなる可能性が出てくるからです。

 

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ですが、それは中々大変です。物を欲しがったり買ったりする時にはイメージに従いながら、他の社会的判断はイメージを切り離して具体的にやれ、と言っても1人の人間において矛盾した認識で判断し続けなければなりませんので、精神が両端から引っ張られるような状態になるかもしれません。だからといってどちらかだけでも上手くいかない気がします。具体的なだけでは消費は回らず経済は活性化しませんし、イメージだけでは社会を上手く運営させることが出来ません。

 

イメージ化の政治利用

しかしこれを意地悪く逆の目で見てみれば、為政者からすればいいことである可能性があります。

 

というのも、イメージでしか判断しないのであれば具体的な問題を取り扱わずに、イメージだけで自分たちが正しいように演出してしまえばいいからです。

 

その手法が確立されてしまったのがここ20年の日本の政治風景かもしれませんが、それは基本的に広告的な手法と思われるもので、商品に結びつけるイメージや物語化を政治家自身で行うものでした。これに加えて相手を罵る、いわばバトルものの漫画みたいな展開も含まれてきたのかもしれません。いわばプロレスのショーのように、政治家同士(というか特定の何人か)が罵倒しあっているわけです。プロレスでもよくありますよね。試合前に相手のこと罵ったりするの(ちょっと昔TVで見ただけでよく知らないんですけど)。

 

論壇プロレスとキャラクター化

しかしもともと、政治的問題を論じる論壇という場所では論壇プロレスなんて言葉もありました。本来問題点を深めて解決策を探るためにある議論が、ただお互いの主張をがなりたてるだけで終わって喧嘩するだけで終わる。それも互いの論者がどんな主張を持ち、なんと発言するかも読んだり見たりしている方でも大体わかり、そのうえで面白がっている。こうした関係が成り立って論壇プロレスという形が出来てしまったようです。

 

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こうなるとそれぞれの論者がパターン化されてしまい、いわばキャラクター化してしまっている可能性もあります。まるで格闘漫画の登場人物といった様子で、愚地独歩なら空手、烈海王なら功夫、渋川剛気なら合気、というように、西部邁は保守、佐高信なら左翼、誰それは右翼(思い付かなかった)、といったところでしょうか。

 

 

むしろ丁々発止のやり取りをやりながら、個人的には仲良かったりするところもあれば『バキ』より笑点のような関係性の方が近いかもしれませんね。円楽は嫌味で木久扇はボケてて三平は馬鹿(みなさん、失礼な書き方でごめんね。でもキャラ化ってこんな単純化だと思うの…)、といったところかもしれません。昔誰かが笑点は落語家のキャラクターショーだ、みたいなことを言ってたのを少し思い出します(なんか週刊誌で読んだ覚えが)。

 

しかしこれがまさに単純化であり、相手のことや発言している内容を適切に要約出来ているわけではありませんね。漫画のキャラクターならそれでいいのですが、論壇人の思想についてまでそれでは困ってしまいます。だってそんな単純なことしか考えていないんなら、論壇人や思想家である必要ありませんものね。しかしまさにそれを小林よしのりは漫画でやってしまったといえるかもしれません。

 

それが漫画からTVへと移りネットへと至ったのかもしれませんが、それはマスメディアの移動と共に起こり、新たな未開地では誰もうるさく言う人がいなかったから可能だったのかもしれません。ですが政治家までそれをやりだすと、実際に制度が変わり社会の土台が変わってしまいます。

 

イメージ的決定と具体的政治結果としての影響の波及

そしてその変化は具体的なものです。税金が上がるのも、諸外国と仲悪くなったり、大国の要求を呑んでしまったりするのもすべて具体的なものとして影響が波及してききます。ですがその関係は複雑で私たちのような素人にはわかりません。漠然と、なんとなくしか納得したりおかしいとしか思えないので、イメージを越えた具体性で理解できずにいます。

 

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こうした具体的な変化は、大局的には政治の場で決められます。ですがその時の決定を具体性に説明せずに、イメージで語ったり相手を罵倒することによって自分をよく見せたり、またどうでもいい具体的なことは多く語りながら肝心なことは言わなかったりと、こうやって誤魔化した時に、受け手の方がイメージ重視の見方に慣れていればより簡単に政治決定者の決めた事が通りやすくなります。

 

いわば消費社会におけるイメージ上位の認識を持っていてくれる方が、為政者にとってみれば細かく具体的に突っ込まれなくなるから楽なのですね。

 

やっぱり意地悪な見方かもしれませんね。

 

次回のお話

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気になったら読んで欲しい本

 

リップマン『世論』 

社会の見方が単純化し、ステレオタイプに陥ってしまうことの危険へと警鐘を鳴らした本です。随分前に読んだのでほとんど忘れてしまいました。でも今の時代こそ読むのにふさわしい本のような気がします。

 

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お話その129(No.0129)