神の被造物からただの物 〜自然観の転換
ではデカルト以前の自然世界はどのように捉えられていたのでしょうか。
創世神話と自然世界
神によって世界は説明されていた、と前回書きましたが、キリスト教にはそもそも有名な神話がありますね。聖書に書かれている、神が7日で世界を想像した、というものです。ここから発して中世ではあらゆるものが神の被造物として捉えられていたようです。それは人間もそうですし、自然世界もそうです。
そのため自然世界というものは、神の意図したものであるとも受け取られていたようです。そこにあるものはただの物ではなく、神によって作られたものであるため、神の意図が介在している、こうした考え方です。どうもこれは中世を通しての考えではなく、中世末期から近世初期にあらわれた考え方のようですが、よくは知りません。
神の被造物としての物
こうした考え方から自然世界というものは、物であっても植物であっても動物であっても、それはすべて神の被造物としての意味がある、という観点になってきます。私たち流の文化に置き換えてみますと、神棚においてある鏡は神聖なものだから粗末に扱ってはいけない、というようなものです。それをヨーロッパはおらゆるものに対して神との結びつけをなして捉えるようなものです。となると、物を物として捉えることは難しくなります。
たとえば福沢諭吉は子供の頃神さまなんていない、と子供仲間の中で宣言して神社でおしっこしたそうです。一々こうしたことを断らなければならないということは、そんな真似が咎められるからでしょう。マナーとは別に罰当たりなものとして受け取られるわけです。しかしそれはどこでも立ち小便したらダメ、ということではなく、神社なんかでしてはダメ、という意味が内包されているわけで、つまり神社というただの場所を神聖視しているわけですね。
これと同じことが中世的自然観にはあったようです。もちろんすべてが神聖というわけではないのですが、ともかく神の意図がある、というわけですね。
物の数学的認識と神意の切断
しかしそれを数学的に捉えるということはどうなるでしょうか。それは自然世界をまず空間的な世界だと規定し、そこに物質が存在している、という風に考えるのだそうです。なんだか当たり前のように受け取れるかもしれません。しかしこうして物を物としてしか捉えぬことによって、神の意図というものは物から追い出すことになるのです。福沢諭吉がおしっこをかけたように、神社の鳥居(だったかな)もトイレの便器も同じ物です。神社にあるからといって何か意味があるわけではありません。物として鳥居も便器も同じ価値しか持たないのです。
こうしてデカルトの行った数学化によって自然世界からは神の存在が追放されたのでした。そこに残っているのはただ無機質な物でしかなくなったのです。
気になったら読んで欲しい本
【デカルト『幾何学』】
デカルトによる自然世界の数学化を生み出した本。最近になって文庫で手軽に手に入るようになりました。内容は次回また一回分を使って書いてみたいと思います。ネタの引き伸ばしですね。
そういえば戦後の数学教育に尽力したらしい数学者の遠山啓は数学を勉強するために読めばいい古典を三冊挙げていて、この本を選んでいました。もう一冊は『ユークリッド原論』で、あと一冊は忘れました。デカルトは哲学者としてだけではなく、数学者としても歴史に残っています。さすが当時の学問をすべて修めた大秀才ですね。
【小阪修平『イラスト西洋哲学史』】
デカルトの空間認識がいかに当時画期的で、中世的な自然観を放逐していったかはこの本で読みました。昔どこかでこの本を哲学を学ぶ時の推薦書に挙げていた人がいた気がします。以前は単行本だったのですが、しばらく前(って言っても見たら10年前でしたが)に上下巻で文庫化されたようです。私は単行本で読みました。文庫で再刊されるくらいですから、結構ロングセラーなのかもしれませんね(さらにまた新版になってるみたいです)。
内容としては通史となっており、ソクラテスの時代からヘーゲル以降くらいまでがまとめられていたかと思います。デカルトはその中で一章割かれていたかと思います。全体の割合からいってそう長くありません。
著者は全共闘世代にあたりますが、この世代の方は多くの哲学入門書を書かれていて、しかもわかりやすく面白いものを書きます。偉い人からすれば入門書ばかり書きたがる、ということになるそうですが、いきなり誰が誰やらわからぬ中から哲学書を読めば確実に嫌いになること請け合いなので、ぜひ面白い入門書から学ばれることをお勧めします。でも小阪修平より竹田青嗣の方が面白くてわかりやすいかな。
【福翁自伝】
で、福沢諭吉がおしっこした話はこちらに出てます。困った子供ですね。
次の日の内容
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お話その97(No.0097)