日々是〆〆吟味

自分で考えていくための参考となるお話や本の紹介を目指しています。一番悩んだのは10歳過ぎだったので、可能な限りお子さんでもわかるように優しく書いていきたいですね。

日本における戦争への文学的抵抗〜戦争に協力せず関係ないこと書くだけでも抵抗だった

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日本における戦争への文学的抵抗 ~関係ないこと書くだけでも抵抗だったのだ。

戦時文学と非国民

文化と専制的な政治状況をソ連を例にして書いてみましたが、日本でも戦時中は同じようなことがありました。戦争に協力しない創作は非国民と非難されたのです。

 

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これが厄介なのは、なにも上から言われただけでもないということです。そうではなく、文学者自らが率先して、こんな大変な戦争の最中、能天気な小説など書いていてはいけない、と協力的だったのです。

 

ですから戦意高揚するような小説や、戦地に赴いて現地記事を書いたり、関係ない作品を書くような作家を自分たちで干したりしました。どこで読んだのか忘れましたが、当時芥川賞を獲ったある作家を表彰しに小林秀雄が向かったのですが、その作家は兵隊にとられていました。そこで駐屯地まで行き、国のために文筆でも頑張ってくれ、と言ったら、他の兵士が、銃も握らず何事か、と怒ったという話があったかと思います。

 

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また反対した人は当然捕まえてしまいますし、そのまま獄死した人はたくさんいます。作家ではありませんが、哲学者の三木清や戸坂潤がいますね。

 

戦争協力しなかった文学者

谷崎潤一郎

さて、そうした風潮の中、別段戦時に協力しなかったような文学者たちがいました。最も有名なのは谷崎潤一郎です。谷崎は戦前から書き続けていた『細雪』を戦中も書き続けました。『細雪』は当然戦意高揚のための作品ではありません。大阪船場の名家の様子を描いたもので、上流階級の生活を小説にしたものです。優雅で魅力的ですが、戦時徴用で物のない時代にそぐわないことこの上ありません。どうやら特高にも目をつけられていたらしいのですが、母体となる出版社である中央公論の支援のもと谷崎は書き続けました。そして戦後、外国で日本のことを知るための文学的参考の最たるものとなりました。お国のために協力しませんでしたが、戦後最も日本文化を世界水準で代表するような仕事をしたことになります。

 

渡辺一夫

またラブレーというフランスの文学者がいました。『ガルガンチュワとパンタグリュエル』という作品群で有名ですが、変な小説です。巨人譚ですがふざけてて、戦で敵兵を押し流すためにおしっこをしてそれがセーヌ川になった、なんて書いてある、いわば文学版ギャグ漫画みたいなものです(いえ、それだけじゃないんですけど、ここではそういうことにしておいてください)。もちろんこんな小説、我が大日本帝国における大東亜戦争にはなんの貢献もしません。しかしこのラブレーの小説を渡辺一夫というフランス文学者(この場合の文学者は、文学研究者を意味します)は戦時中も訳し続けました。そして弟子である加藤周一によれば、世界最高峰の注釈を仕上げたそうです。岩波文庫にはそれが載っています。

 

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ちなみに加藤周一は戦後左翼を代表する世界的知識人でしたが、『日本文学史序説』という日本文学・文化の総覧を書きました。18ヶ国語に訳されているそうで、谷崎潤一郎の『細雪』同様外国人が日本文化を学ぶ時にはまず紐解かれる一冊となっているのではないでしょうか。内容も凄まじく、一時代を50ページくらいに圧縮し畳み掛けるように記述が迫ってきます。外国ではアウエルバッハという人が西洋文学の文体の変遷を書いた『ミメーシス』という本を書きましたが、その日本版くらいすごい本ではないでしょうか。

 

 

左翼というと日本のことを貶めてからっきしと思われる方が今は多いかと思いますが、本来の左翼はこうして日本文化に通暁し、海外で日本を認めさせるために努力したことも忘れてはいけません。今の保守が問題視されるのは立場の問題だけでなく質の問題もあるかと思います。まぁ、昔は保守も三島由紀夫、福田恆存、江藤淳といましたから、左右関係なく偉かっただけかもしれせんけどね。今の論客もそのうちすごく偉くなるのでしょうか。

 

神西清

また、たしかチェーホフの訳者であった神西清も同じように戦中もチェーホフを訳し続けていてたようなことを読んだ覚えがあります。どこでだったかな。ちょっと忘れてしまいました。

 

参考となる本

【谷崎潤一郎『細雪』】 

谷崎潤一郎の『細雪』。せっかくなので頑張って谷崎先生を支えてくれた中公文庫版をあげておきましょう。他の文庫版では普通上中下にわかれてきますが、こちらは一冊にまとめられています。そのかわり、なんと、900ページをこえるボリュームです。文庫でこれは中々の分厚さ。中公文庫はこうした分厚いものが多い気がします。分冊と比べ持ち歩くのにどちらか便利かはわかりませんが、途切れることなく読み終えられるという利点はあります。

 

【ラブレー『ガルガンチュワとパンタグリュエル』】 

こちらは渡辺一夫によるラブレーの訳業。手にとってもらえればわかるかと思いますが、本文より注と解説の方が量が多いです。1ページ本文を読むのに注が10個も20個もあります。なんだかラブレー読んでるんだか渡辺一夫の注釈を読んでいるんだかわからなくなってくる読書体験を得ることが出来ます。

少し前に新訳が出るまでは、ラブレーは渡辺一夫のものしかありませんでした。べらぼうに優れていると評判なので、きっと怖くて誰も手をつけなかったのかもしれませんね。お話自体はファンタジーと思えば案外読めるかもしれません。『進撃の巨人』も流行っていることですし、同じ巨人譚として一度読んでみてはいかがでしょうか(テーマは真逆かと思いますが)。

【加藤周一『日本文学史序説』】 

で、渡辺一夫のお弟子さんだった加藤周一の本。日本文化について一通りのことを知りたければこの本読むのが手っ取り早いのではないでしょうか。渡辺一夫の訳業についても最後の方で触れています。日本書紀や古事記から大江健三郎まで至るとんでもない視野の文学史です。仏教や歌舞伎、文楽まで組み込まれていて、これ一冊に日本文化が詰め込まれているようです。日本の文化を全部理解することまではできなくとも、全体像だけは得られるかと思います。

【チェーホフ『桜の園・三人姉妹』】 

神西清によるチェーホフの訳。これまた中央公論社からチェーホフ全集が出ています。もともとは神西清の個人訳だったのですが、訳業の最中亡くなってしまいましたのでお弟子さんたちで続けられたそうです。どうやら改訂版も出ているそうですが、どこが違うのか知りません。またちくま文庫からも別訳でチェーホフ全集が出ています。入っている作品数などが同じかもわかりません。知らないことばかりで申し訳ありませんが、ここでは手に入りやすいであろう神西清の訳したチェーホフを一冊あげておきますね。

 

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 お話その51(No.0051)