『大漢和辞典』の偉業 〜なんちゅう話だ
さて、ついでに戦時中のすごい出版話として『大漢和辞典』という漢和辞典について紹介してみたいと思います。
大修館と『大漢和辞典』
『大漢和辞典』は大修館という出版社から出ています。大修館は辞典出版で有名な出版社です。この文章を読んでくださっている方の中にも、学生時代に使っていた辞書の中に大修館のものがあるかもしれません。もし学生の方がいらっしゃるのでしたら、手持ちの辞書を見てみると1冊くらいはあるかもしれませんね。それくらいメジャーな辞典出版社です。
生涯を掛けた一大事業
この大修館、創業して100年になります。当初から辞書や学習参考書を出版し、既に今と同じような出版社だった様子です。しかし創業者の鈴木一平という方が偉かった。出版は天下の公器として、国の文化の水準とその全貌を示す出版物を刊行せねばならぬ、と考え漢和辞典の出版を計画します。それを頼んだのが大漢和の編者である漢学者の諸橋轍次。しかし当初の計画より相当長い物になりそうだ、といわれます。しかし鈴木社長は一生をかけるつもりで出すことを決めるのでした。
困難を極める道のり 〜活字作成、戦争、病気、長い時間…
それからが大変です。もともと類を見ないほどの大冊になる漢和辞典。作り上げるだけでも10年でききません。また漢字はアルファベットと違い、一つ一つが形が違います。それを辞書という出版の形式で成し遂げようとすれば、一字一字印刷できるような活字を作っていかなければなりません。しかも古今の漢字を集めた大漢和。無い漢字の方が圧倒的に多く、何十万もあったそうです。それをすべて新しく作らなければなりません。
それだけでなく折悪くも日本は戦争へと向かいます。それどころか敗戦へとも向かい、本土空襲まであります。大修館は本社から倉庫まですべて灰になってしまいました。
あれだけの大事業が文字通り灰燼に帰すところでしたが、幸い諸橋先生は本土空襲の危険を察知していたのか、3ヶ所にわけて校正刷りを疎開させていたそうです。
しかしまだ不幸は続きます。社長の鈴木一平が視力を失いほぼ失明状態になるそうです。そこで鈴木社長はまた決意します。自分の事業を子供たちにも継がせることにしたのです。それぞれに人生を進めていた子供を呼び戻し、大漢和出版のために必要な技術を学ばせ、経営実務も任せます。最早社長の事業というだけでなく一族の事業へと変貌していくのでした。
それが実って『大漢和辞典』が完成するのは、なんと1960年。戦前の1925年からおよそ35年かけて作られたのです。すさまじい話です。
完成した世界最大の漢和辞典
しかしそれだけの成果はありました。文句なく『大漢和辞典』は世界最大の漢和辞典であり、修訂版刊行の際には中国政府から500セットの一括発注を受けたそうです。つまり漢字の本国であっても参考にするほどの漢和辞典を日本で作り上げることを成し遂げたのでした。
国家事業並みの民間事業
しかもこれは大修館という一出版社の仕事でした。本来ならこんな仕事、国家的事業です。それをただの民間業者が独力で成し遂げたのですからとんでもない話です。昔の日本人は偉かった、と言ってもいいのかもしれませんが、今もこうした志を持つ人がいれば世の中変わるかもしれませんね。日本を愛する人は、いっそこうした大事業を目指してみるのもいいかもしれませんね。間違いなく日本の名を世界に轟かせることになるでしょう。
詳しいことはこちらの方のブログに書いてあります。
あとがき22 あとがき史上最高傑作!:諸橋轍次『大漢和辞典』(大修館書店、1955-60) - あとがき愛読党ブログ
私も読んで大変感銘を受けました。ここに書いていることはほとんどこちらに書いてあることを写したようなものなので、もし関心を持たれたらもとの文章も是非読んでくださいね。しかしすごい話だなぁ。
参考となる本
【大漢和辞典】
こちらがその大漢和。買う人はいないでしょうけど、載せておくとイメージくらいつかめるかもしれません。
そしてとうとうデジタル版が出ました。なんでもUSBメモリにデータが入っていて、一つのアカウントで一台だけが使える仕様だそうです。おそらくデジタル化にも相当の苦労をされたのでしよう。大漢和のデジタル化は不可能だ、とも言われていたらしいので、これまた快挙ですね。代わりに使用制限が厳しいものになってしまいましたが、仕方のないことかもしれません。デジタル化されたことだけでも喜び驚きましょう。
…でも、もしかしていつか、アプリ版でも出ないかなぁ、と期待してたりします。出たらすごいんだけどなぁ。『日本国語大辞典』は精選版だけど出てるんですけど、そのうちいつか…できれば日国も完全版がアプリで出ないかなぁ。ちょっと贅沢な願望です。
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お話その52(No.0052)