日々是〆〆吟味

自分で考えていくための参考となるお話や本の紹介を目指しています。一番悩んだのは10歳過ぎだったので、可能な限りお子さんでもわかるように優しく書いていきたいですね。

太平洋戦争経験後の『機動戦士ガンダム』とアフガニスタン・イラク戦争渦中の『機動戦士ガンダムSEED』のキャラクター像の比較考察 〜戦争を描く際の実存主人公とチート主人公という対比の差による戦争表現の違い

スポンサーリンク

スポンサーリンク

 

ガンダムにおける戦争表現について

ガンダムという作品と商品 〜新世代のガンダム

『機動戦士ガンダム』という作品は富野由悠季というアニメ監督の作品であり、サンライズという会社の作ったアニメ作品でもあります。そのため作品性、作家性としては富野由悠季抜きにしてはガンダムはありえないのですが、商業アニメ作品としてはサンライズという会社によって自由に作ることが出来ます。そのため富野由悠季の作らないガンダムシリーズというものがたくさんあります。

 

f:id:waka-rukana:20200808010154j:plain

 

それでも初期の頃は富野由悠季が手がけていました。しかしさすがに10年も20年もたつと時代も変わり、最初期のガンダムを知らない人たちが出てきます。その新しいファン層に向けて、その都度の時代に合わせたガンダムが作られています。今も作られています。

 

新旧世代ガンダムの戦争表現

そうした富野由悠季の手がけないガンダムの新シリーズというものがありますが、そのひとつにちょうどアフガニスタン戦争、イラク戦争の時期に放映されたものがありました。『機動戦士ガンダムSEED』と続編の『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』です。では富野由悠季が最初の『機動戦士ガンダム』で行ったような戦争へのアンチテーゼはどのように表現されたのでしょうか。

 

『SEED』もまた初代『ガンダム』と同じく少年たちが戦争に巻き込まれるところから始まります。しかし主人公はコーディネーターと呼ばれる遺伝子操作された新人類であり、最初から優れた能力を有しています。そのため初代『ガンダム』の主人公が戦争の最中ニュータイプとして覚醒していくのとは違います。

 

戦争利用される心優しきニュータイプ

ちなみにニュータイプとは相手の行動を予知する、あたかも超能力者のように周りから見られている存在です。しかし本人たちは違うといいます。私見ではニュータイプとは富野由悠季が当時見つけた(むしろ作った?)、子供時代を過ぎてもアニメを見る層のことを象徴しており、それは感受性豊かな新しい世代だ、という意味が込められていたように思います。そして感受性豊かで、相手のことまでわかってしまう(言い方を変えれば空気を読みすぎてしまう)優しいけど気の小さな少年少女を含ませていて、だからこそ作中のニュータイプは相手の気持ちを配慮してしまうが故にあたかも予知のように先読みして行動できるのです。戦後世代の、我の強い人間像から、優しく繊細な次の世代への転換を現していたのかもしれません。そしてそうした新世代に、あなたたちこそニュータイプだ、とメッセージを送っているようにも見えました。

 

f:id:waka-rukana:20200807170123p:plain

 

しかしそうしたニュータイプを戦争では相手を先読み出来る、あたかも超能力者のような便利な兵士として重宝します。それは本来優しさによって起こるはずであるものが、便利だからといって戦争に活用されてしまうことでもあります。またニュータイプ=新世代であっても戦争が起これば兵隊として使われることでもあります。つまり戦争は終わって何十年もたっているけど、また戦争が起これば自分の作品を見てくれている人たちも戦争へ行かさせる、というわけですね(これらは私の勝手な解釈ですけから正しいわけではありませんよ)。

 

遺伝子操作された超人的新人類コーディネーター

それに対し『SEED』の主人公たちは最初から超人です。遺伝子操作され、される以前の人間と比べ優越しています。そうした遺伝子操作された人たちがされていない人たちを差別し戦争をしており、主人公は遺伝子操作側の人間でありながらされていない側にいるわけです。代わりに主人公こそが仲間内では敵との戦いで唯一の切り札であり、特権的な地位を与えられています。主人公は仲間との揉め事の際、はっきりと僕がいなければ君も守れないだろう、といった事を発言します(悪女のヒロインに唆されてですけど)。

 

新旧世代の主人公像の差

主人公の対比だけでも差があるように思いますね。初代『ガンダム』は無名の個人が戦争に巻き込まれ、成長したあとも英雄として利用されそうになります(続編の『Zガンダム』では前大戦の英雄と持ち上げられながら、余計な事をされないよう蟄居させられています)。どれだけ強くなっても体制の中であり、本来的な人間の優しさまで戦争に転用され、個人は無力な存在として描かれています。それに対し『SEED』では主人公は特権的な位置を与えられた存在であり、最初から皆に嘱望された英雄です。しかしそれ故にある意味では傲慢な英雄ともいえます。

 

f:id:waka-rukana:20200808011133p:plain

 

こうした主人公像の違いは、作品に表れてくるキャラクター観の違いからも起こってくるように思われるのでした。

 

 

気になったら見て欲しい作品

『機動戦士ガンダム』 

なんか検索したらPrime Video出てきた。こっちの方が載せとくの便利かな?

富野由悠季版のガンダム。おそらく太平洋戦争を念頭においての反戦が込められているかと思いますが、その内容はぜひご覧になってください。

『機動戦士ガンダムSEED』 
01.PHASE-01 偽りの平和

01.PHASE-01 偽りの平和

 

で、21世紀版ガンダム。初代ガンダムが戦後35年に作られたのと比べて、この作品はアフガニスタン・イラク戦争の最中に放送されました。間違いなく現実に起こっている遠い国の戦争を意識して作られていると思いますが、初代ガンダムとの違いを感じ取りながら見るのがいいと私は思います。

 

次回の内容

https://www.waka-rukana.com/entry/2019/11/07/070025

前回の内容

https://www.waka-rukana.com/entry/2019/11/05/070009

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村

PVアクセスランキング にほんブログ村

お話その125(No.0125)